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何事へも油断は禁物ということか。とことん下らないレベルの相手であり、お宝に目が眩んでの事とはいえ、見え見えの罠をそれでも1つ1つクリアしてという丁寧な進軍をし、直接相手をした戦闘班にも決して手を抜くような落ち度はなかった筈だのに。魔が差すというか、出合い頭だったというか。選りにも選って戦闘隊長さんが、眸を傷めてしまうという大事を抱えての幕引きとなってしまって。
『咄嗟の反射がそれでも何とかギリギリで素早かったから、
状態としては軽い炎症で済んでるよ。』
その炎症が収まったなら、大丈夫、元に戻るからと。自慢の船医さんが太鼓判を押して、完治するまでは医療室にての寝起きの身となった剣豪さん。船倉の部屋ではないのは、綺麗な淡水にて時々目を洗ったり冷やしたりする必要があるからで、例によって“別に他は大丈夫なんだから”と甲板で過ごすと言い出したのへは、船医さんからの禁令に重なって船長命令までもが飛んで来て、あっさり“却下”と断じられ。
「すぐに治るってよ、良かったなvv」
壁際に据えつけられたソファーに腰掛け、ぱしぱしと草履の裏を合わせて鳴らしもって“しししっ”と笑いながら。それはお元気な声でルフィがはしゃいだ一言を投げる。視野が眩んで良く見えないという状態だけに収まらず、実は…昨夜遅くに熱まで出した剣豪であり。冷たい汗をびっしりとかき、魘うなされるばかりで手がつけられなかったそんな彼を前に、
『チョッパーっ! ゾロが大変だっ!』
看病にと付いてた傍らから一瞬にして跳ね上がったくらいに、それはそれは心配していたルフィだったくせにね。船中を駆け回り、お医者のチョッパーだけでなく、サンジやナミ、ロビンにウソップまで叩き起こして、ゾロを助けてと大騒ぎしたくせにと。打って変わってのこのご機嫌な言いようには、苦笑が絶えない大人たちであり、
「でも、これでゾロも身に染みたでしょ?」
「ああ?」
枕の上で包帯に目許を覆われたままな頭をこっちへ向け、一体何の話だという声を出す彼へ、
「分かりやすい切ったはったの怪我じゃなくたって、そんなだけのダメージを齎もたらすんだってことよ。」
ナミが日頃よりも強い口調でそうと言い、
「いつだって勝手に“よし治った”なんて言ってるけど、たまには専門家の言うことにきっちりと従いなさい。」
傷がぱっくり開いた訳でもないのに、高熱が出て苦しんだ。それは覚えているのでしょう?と、念を押す。
「今回のは勝手な判断で“完治した”なんて言い出さないこと。」
いいわね?と わざわざ間近に寄って、ゾロの鼻の頭へ細い指の先を突きつけまでして、確認の頷首を見届けたナミであり、
「じゃ。引き続き、看病の方は頑張ってね? ルフィ。」
「おうっ!」
任せとけと拳骨を突き上げる頼もしい(?)船長さんに、声しか聞こえないゾロがそれでも擽ったげな苦笑を洩らす。
「退屈しのぎの玩具にだけはすんなよな。」
「あ〜〜〜、言ったな?」
掛布の上で、大きな手をさまよわせているゾロに気づいて。ナミに促され、サンジに抱えられてベッド脇のスツールから強制的に退かされた小さな船医さんの後。すとんと腰掛けたルフィが小さくてやんちゃな手をそこへと伸べれば、掠めるように触れたところへ戻ってそのまま、捕まえた手を包み込んでやわく握る。それでやっと安心したかのように、心なしか肩が下がった彼だというのを視野の最後に収めたまま、病室から出て隣りのキッチンへと退散することにしたお3人。
「大丈夫かな、ルフィ。」
「なにが?」
「だってサ…。」
甘えん坊で、ゾロが大好きなルフィ。なのに、しばらくは甘えられなくなっちゃって。それだけじゃない、ゾロは体自体には何にも支障がないのに、身の回りのことへ手をつけにくい状態になっていて。
“それに…。”
気になることはもう一つあって。それで何だか落ち着けないチョッパーであるらしい。
◇
クドイようだが、目以外は何ともない“怪我人”な上に、日頃からして することがないなら一日中だって甲板で昼寝していて不満のないような、ある意味では手が掛からない人物だから。
「なあ、ゾロ。何かして欲しいことはないのか?」
「ねぇよ。」
「そんなん詰まんねぇよ。何かないか? 背中が痒いとか、果物が食いたいとか。」
「そうだな、何か眠いかな。今からちょっと寝るわ。」
「う〜〜〜〜っ。」
こらこら、看病してる側が退屈がってどうするね。(苦笑) することがないのが詰まらないなら離れていれば良いものを、狭い船なんだから呼ばれてから駆けつけたって良いものを、
「それでも傍には居たいのね。」
微笑ましいことねとロビンが微笑い、ナミやサンジが肩をすくめる。一応は病状も落ち着いたので、航海の方もそうそう慌てて次の島へと駆けつける必要はないらしいと断じられ、皆の間にも ようやっと、安堵の雰囲気が戻って来たところ。なればこそ、そんな話題にもなるというもので、一番のお気に入りで、はっきり“カミングアウト”された訳ではないながら…どこから見たって相思相愛の恋人同士で。戦闘や冒険の最中はともかく“日常生活”という世界においては、双方ともに足りないところだらけの困った二人であるのだけれど。そんな不器用同士が甘え甘やかし合ってる様は…甘味がしつこくないなら微笑ましい範疇内だからね、と。今回のこの状況もまた、可愛らしい睦まじさとして捉えられている模様。波も風も穏やかで、秋めいて来た陽射しの中を…日頃のお元気な賑やかさだけは少しばかりトーンダウンしているものの、至って平穏なままに我らがゴーイングメリー号はゆったりと進んでいたのであった。
……………のだけれども。
朝昼晩とその間の数時間ごとに、きれいな真水でそぉっと目の回りを洗い、瞼に当てている保冷効果のある薬を染ませた綿花を取り替える。3日目ともなればルフィにも要領は掴めて来て、面倒臭がりの乱暴者が、これだけはたいそう丁寧に手掛けるもんだから、じゃあ任せたねと付き添い人の仕事となって。でも…だけど、
「………なあ、ルフィ。」
「なんだ? チョッパー。」
綿花に染ませる薬がなくなったのでと、主甲板にある作業室で薬剤調合の作業をしていたチョッパーを訪ねたルフィであり。判ったよと指定された薬を丁寧な段取りで精製水に溶かしていたチョッパーだったのだけれどね。何だか、あのね、
「ゾロ…はサ、今は眸が見えないんだぞ?」
「おお、知ってるぞ。でも、あと4日で治るんだろ?」
「うん。」
「それが どしたんだ?」
「だったら…だったらなんで、そんな顔してんだよ。」
「………え?」
小首を傾げるルフィのお膝へと登り、二の腕を掴んで。ゆさゆさ揺さぶりながら、
「そんな…そんな、今にも泣き出しそうなお顔で、無理に笑ってるなんてっ。」
見てられないぞと、訴えかけるチョッパーで。
「…チョッパー。」
「うう…。」
叱ってる側なのに涙が出ちゃうチョッパーに、ルフィの側もますますと困ったようなお顔になった。大人の皆はそれぞれなりに、納得してたり理解していて。まるで見えていないかのように、口を挟まないでいたことだけれど。サンジはルフィの大好物ばかりを精がつくメニューとして毎回山ほどテーブルに並べてやっているし、ウソップは退屈しのぎが出来るよう、手元で遊べる小型のけん玉やからくり細工などを作ってやっては差し入れてやってるし。ナミやロビンも“いい子いい子vv”と甘えるのが好きな彼を殊更に甘やかして、ストレスが溜まらないようにと気をつけてやっているようだけれど。誰もを平等に見守らなきゃならない“船医さん”のチョッパーには…やっぱりどうしても見過ごせなくって。とうとうついに、ルフィ本人へ言ってしまったの。眸を傷めたのはゾロだけど、ルフィはどっこも痛くはないだろう無傷だったのだけれども。ずっとずっとこんな顔してるんだもん。ゾロが眠ってる傍らで、震える泣き声さえ立てないようにって、膝やら腿やらに爪立ててまで頑張ってて。そんなルフィがどんだけ傷ついてるか、ゾロのことを想ってどんだけ気持ちを擦り減らしてるかを思うと、お医者様の心はどうしたってチクチクと痛む。
「ゾロに気づかせちゃいけないって、そう思ってんのは判るけど。じゃあサじゃあサ、オレの前でくらいは泣いたって良いじゃんか。疲れたって顔したって良い、どうしようって心配したって良い。そんな…無理に笑おうとすんなよっ。」
あまり大きな声で言えば、真上のお部屋のゾロに聞こえるからと、チョッパーもまた気を遣っての小声での叱咤で。それでもね、大きな瞳には今にもあふれ出そうな涙が一杯に溜まっていたものだから。
「………。」
ルフィの表情が、初めて…真顔になって無に沈む。体の両脇に降ろされてた手がキュッと結ばれて、
「…ごめん。チョッパー。」
小さな声がぽつりと零れて。だから謝って欲しいんじゃないんだって言い返そうと、顔を上げたチョッパーへ、
「俺、馬鹿だから。チョッパーがそんな辛かったって気がつかなかった。」
「…ルフィ。」
そうじゃないんだようと。タンタンって、いつもみたいに地団駄踏みたかったのだけれども。向かい合ってた二人の間に、何とも曖昧で交じり合えない、判り合えてないような空気があるよな気がして、それが歯痒かったチョッパーなのだけれども。
「あとで…ゾロが元気になったらサ、まとめて謝るから。」
にぱっと笑って薬のビンを手に、部屋から出て行くルフィであって。
「あ………。」
引き留めるには間が悪かったか、丁度入って来ようとしていたウソップの傍らを素早く擦り抜けてったルフィには、こちらもかける言葉を上手いこと思いつけなくて。
「…何してんだ、チョッパー。」
「うう。」
う〜〜〜と唸りつつ、ルフィが待ってる間に座ってた丸い椅子の座面を…蹄の先にてちくちくと突々いていた船医さんだったのだけれども。
「ま。あいつなりの気遣いなんだろからサ。
医者のお前にはきついかも知れんが、此処は黙って見守ってやっててくれよ。」
「………へ?」
ねえ、もしかして。ウソップってば判ってて此処に割り込むみたいに来てくれたの? ルフィの頑迷さも、チョッパーの思いやりも、どっちも正しいしどっちも大切にしてやりたいからって。それでと引き分けるために来てくれたのかも?
“…うもぉ〜〜〜。”
ウソップ、カッコよすぎだぞっ。これじゃあオレだけ駄々っ子みたいじゃんかよと、後日になってちょこっと揉めた、ホコホコ温ったかな彼らだったそうですよ?
◇
調合してもらったばかりの薬を手に、甲板脇の階段を上り、キッチン前を横切って。このところの定位置になってる医務室へと向かう。ドアの前に立ち、俯いてたお顔を立て直すと窓に写ってる自分のお顔を最点検。チョッパーが心配するほど、そんなにひどい顔だったらしいからさ、元気ないつもの顔に戻らなきゃって気を入れて笑って見る。腕力同様、こういうことだって“強さ”だもんな。これくらいは こなせるほどに根性座ってなきゃ、何が船長かってんだよなと。うんと大きく頷いて、ドアノブに手を掛ける。
「待たせたな、ゾロ。」
中へ入ってみると、だが、返事はなくて。さっき不器用ながらも口までスプーンを誘導して…あ〜んはどうしても嫌がったので、あくまでも本人の手で…食べさせてやった昼食の食器が、サイドテーブルの上に盆ごと乗っており、
“あ…テーブルは自分で畳んだんだな。”
アームで支えられてあり、ベッドの上へ指し渡して座ったままで使えるテーブルも脇へと寄せてあるからね。ルフィが戻ってくるのを待てず、横になりたくて片付けたゾロだったのだろう。寝台の上の青年は、身を横たえて黙ったままであり、
「…寝ちゃったのか?」
遅くなっちゃったからな。まあ良いか、おやつの時間にでも。もう痛みはほとんど無いって言ってたし、包帯を替える時に、時々は目を開けて…ルフィのことちゃんと見て、笑ってくれるゾロだしな。ベッドの脇のスツールに腰掛け、テーブルにビンを置き、はぁあとこっそり吐息をついた。チョッパーに心配かけてたこと、不甲斐ないなって思ったから。頑張りがまだまだ足りない。こんくらいで萎えててどうする。ついつい無表情のまま、ぼんやりしていたら。
「………ルフィ?」
すぐ間近からの声がして。ハッとして顔を上げたルフィの手を、迷う事なく掛け布の上で掴まえて、
「疲れたんか?」
やわらかく低められた、響きの良い声が訊いて来る。暖かい手、大きな手。必殺の刀を握り込む人斬りの手であり、小山ほどもあろうかという岩塊を頭上にまで担ぎ上げられる、力持ちの手。そしてそして………いつだってルフィを支えてくれる、頼もしい手。
「な、なんでもねぇよ。」
あのね、ゾロは凄腕の剣士だから。声とか動作とか、見えてなくたって耳や肌で感じ取って、相手の状態がある程度は把握出来るんだって。だから、辛いとか心配だっていう顔をしたり声を出しちゃいけないんだって、ルフィはこの状況下で一番最初にそう思った。見えてなくたって判るゾロなんだもん。だから、笑ってなきゃいけない。心配させたら気が重くなって治りにも響くだろ? そう思って頑張ってたんだけどね。チョッパーが見かねるほど、あんまり上手じゃなかったから、やっぱゾロにも届いちったのかなって。そんな風に思っていたら、
「何でもない奴が…なんで、そんないつもいつも歯ぁ食いしばってるかな。」
「………あ。」
もう一方の手がネ、ぽそんって狙い違わず、ルフィの頭に乗っかった。
「言わない方が良いのかなって思っていたんだが。俺の方は随分と治り始めてるってのに、いつまでもいつまでも気が重そうにしてっからさ。」
頭の上からスルリと、つやのある黒髪をすべって降りて来た大きな手は、光が透けても刺激になるからって何重にも重なった包帯のせいで、何かが動く陰さえ全く見えてはいない筈なのにね。船長さんのふかふかな頬を辿って…ふわりと包み込み、骨太な親指の腹がそのまま目許へ添えられて。こっそり隠れて拭ってた涙の跡を、そぉっとそぉっと撫でてくれたから。
「……………ぞろぉ〜〜〜。」
だって自分は“船長キャプテン”だからね。見込んでついて来てくれてるゾロに“しょうがない奴だなぁ”って幻滅されたくなくって頑張ったのにね。見えてなくたって判っちゃうゾロだからって、いつも以上に頑張ったのにね。ゾロの馬鹿馬鹿、何で判るんだよって。我慢してた分もたくさん、ぼろぼろって涙が出て来ちゃったじゃないかよって。う〜〜〜って唸って…横になってた剣士さんの懐ろへ突っ伏してしまった船長さんに。ついつい黙っていられなくなったっていう剣豪さん、何とも言えないお顔になって、いつまでもいつまでも、ふわふかな髪を撫でてあげたそうですよ?
――― こりゃあ治りも早いことでしょね。
当然よ。これで悪化でもしてご覧なさい。
ルフィやチョッパーが許しても、このあたしが只じゃおかないんだから。
あらあら怖いこと。(微笑vv)
いや、そこは笑うトコじゃねぇぞ、ロビン。
そだぞ。ナミは本気になると怖いんだぞ?
あんたたち〜〜〜〜〜っっ!!
お後がよろしいようで………。
〜Fine〜 04.10.28.〜10.30.
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にゃんこ様『ルフィを庇って視力を失ったゾロを、
責任を感じて看病するルフィ。』
*どっかで読んだお話になってすいませんです。
視力と声という差はあれど、
モロに“月夜見”の『あのね…?』ですもんね。(ううう…)
芸のない奴です、相変わらず。
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